4姉妹、長女のK子です。

今年も災害実動訓練の時期をむかえました。
当日参加できないため、準備の様子を紹介します。

これまで災害の特殊メイク(ケガなど)は、

専門の学校に通っている学生さんにお願いしていましたが、

今年は日程が調整できず、自分達ですることに。
そこは何事にも全力投球の看護部!
やってくれました!

演技も含め、傷があまりにもリアルで、

看護師はもちろん医師(外科医も)までもが騙されてしまいました。
かくいう私も、「○○さんが風邪ひいて弱ってるところにケガしたんです!」と、

ケガの状態を撮影した動画を見せられてビックリ!


よく考えたら、ケガをして痛がっている同僚を動画で撮ること自体がおかしなこと。
気づくのが遅かった(笑)。

 

 

11月に入り、秋は深まる一方です。

看護学生さんは、実習の終盤になってきましたね。

 

今日は、「終末期の看護」がテーマです。

いつものような写真は今回はなく、少し長くなりますが、

最後まで読んでいただければと思います。

 

 

エピソード1.

先日、当直帯で新人看護師と一緒にエンゼルケアを行いました。

ここは急性期病棟で、慌ただしい夜でしたが、新人看護師は「あの、この方はしばらく洗髪ができていなかったので、やりたいのですが、いいですか。」と聞いてきました。エンゼルケアの中でも洗髪は当然のケアではあるが、当院ではあまりできていない現状があります。私は、ハッとしました。

私は気づかなかった、大切なことに…と。

そして、新人看護師に対して、「こういう所にもケアの視点がしっかり備わってきている。」と、とても喜びを感じました。

 

 

エピソード2.

地域包括ケア病棟で、女性の患者さんが永眠された日の夜。

この時、看護師と補助者がエンゼルケアを行いました。

私は、最後のお別れに訪室すると、本当に生前の患者さんがベッドで休まれているかのように、とても綺麗でした。

私は思わず、「わ〜、外来でお会いしていたころの○○さんですね。」

というと、娘さんが、「母に戻りました。」と言って、号泣されました。

看護師も、補助者も、心を込めた最後の看護を届けてくれている

ことに、これまた大変嬉しかったのです。

 

 

先日新人看護師は、「終末期の看護を学ぶ」とういうテーマで、集合教育を

受けました。

その評価表に書かれた感想を一部紹介します。

 

1.

エンゼルケアは、私たちができる最後の看護なので、本人に対しても、

家族に対しても心を込めて接していきたいと思います。

2.

私は産婦人科病棟で働いているので、あまり死後のケア(大人)に当たることはないですが、とても参考になる研修でした。

人はなくなっても、その後、家族や周りの親しい人達と思い出を共有していくし、それはずっと残るものになります。最後の時を良い時間として過ごせるように、病院で関わるスタッフとして、たくさんケアをしていけるように、技術や姿勢を学ぶ必要があると思いました。エンゼルケアもとても綺麗でした。

3.

特に死の前後を見ていない訪問者の人達にとって、患者さんの生前の姿と死後の姿があまりにも違うと、衝撃も大きいと思うので、最後のお別れの時に、患者が生前の姿に近い姿でいられるとうのは、その人の尊厳にも繋がると思うので、エンゼルケアの重要性はとても大きいと思いました。

 

 

KOMIケア理論を学んだり、終末期の看護を学んだとしても

実践に繋がらなければ、それはただの知識です。

今日紹介したエピソードは、患者さんへの関心があるからこそできた看護だと思います。

忙しさの中に「これが看護なんだ。」と感じる瞬間がたくさん持てる看護職の集団

であり続けたいと思っています。

 

by-三女M

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回は、中矢皮膚・排泄ケア認定看護師による、体圧分散寝具を使用中の留意点や、「背抜き」の学習でした。

どの部分が突っ張るとか、背抜きが気持ちいいとか、実感です。
やはり、患者体験が1番です。


患者さんに関わる仕事に興味がある方は、補助者就職説明会、随時しています。一緒にケアをしませんか。ご連絡をお待ちしております。

by-三女M

今回は補助者会を紹介します。今月の学習会は、「移動介助」です。理学療法士さんが丁寧に教えてくれました。



さあ、やってみましょう


皆んなが患者役にもなって、この方が患者さんには安心してもらえるわ〜とか、意見や質問が飛び交う日でした。
補助者見学会を随時開催しています。一緒にケアを行いませんか。皆んなでお待ちしています。

by-三女M

今年度3回目の病院見学会



看護学校と助産学校の学生さんが15名も来てくれました
まず最初に人事課長から病院の概要の説明



次に看護部から当院の看護と教育計画の説明
そのあと、現場の看護師との交流
ざっくばらんに何でも聞けます



最後に病棟見学
仕事中に突撃インタビュー
でも、みんな大歓迎☆





翌日は
あべのハルカスでの就職フェア


64人の方が当院のブースを訪れてくれました
大盛況♪



平昌オリンピック、見てますか〜
あの極寒の中、頑張ってはる選手の皆さんに阪南からエールを贈ります。

さて、昨年もブログに載せた看護部秘書のSださんの娘ちゃん、Sちゃんからバレンタインプレゼントを頂きました。

ホンマのパティシエさんやから、めちゃくちゃ美味しんです。キティちゃんのBOXも可愛い〜。しかし、お孫ちゃんは、ミニーの入れ物が良かったみたい(笑)

ちなみにうちの子は、お母さんの得意なスィーツは"フルーチェ"やと思ってますねん。反論できない母であります。
by-三女M

4姉妹、長女のK子です。

1月17日は1995年の阪神淡路大震災から23年。
今でもあのときの衝撃は忘れられません。

けさ、朝日新聞デジタル版で一番に目に飛び込んできた記事。
胸が熱くなりました。

  抱きしめたけど救えなかった赤ちゃん 

     「看護師への原点」

 

 

(朝日新聞デジタル版より転載)

 阪神淡路大震災から23年迎えた17日、午後も追悼行事が続いていた東遊園地(神戸市中央区)。神戸市立医療センター中央市民病院の看護師、尾川華子さん(37)は夜勤前に立ち寄り、そっと手を合わせた。

自分の運命を決めた、名前も知らない赤ちゃんに向かって。

 

 あの日。同市東灘区の自宅マンションの駐車場に避難すると、隣にあった文化住宅が倒壊していた。がれきをかき分けて生存者を捜す大人たち。「この赤ちゃん、温めてあげて!」突然、当時中学2年だった尾川さんに救い出されたばかりの赤ちゃんが手渡された。

 小さな体はすでに冷たかった。抱きしめても抱きしめても温かくならなかった。赤ちゃんも母親も亡くなった、と後に聞いた。親子は出産のため里帰りしていたのだった。

 「あの時、何もできなかった。だから、大人になったら、人を助ける人間になりたいと思ったんです」

 高校を卒業し、看護専門学校を経て、兵庫県西宮市の病院に勤務。2005年4月には同県尼崎市で起きたJR宝塚線(福知山線)脱線事故で、次々に運び込まれる負傷者を手当てした。この経験から「この職業を選んだ原点は救急医療だ」と改めて思い、翌年、兵庫県災害医療センターで勤め始めた。

 救命救急の現場で経験を重ね、国際緊急援助隊に登録。フィリピンの台風被害(13年)やネパール地震(15年)で現地に赴いた。災害派遣医療チーム(DMAT)のメンバーにもなっている。

 毎年、1月17日にはできる限り東遊園地に足を運んでいる。「助けてあげられなくて、ごめんなさい」。あの時の赤ちゃんに謝り、こう語りかける。「あなたが災害医療の道に導いてくれました。ありがとう」(高松浩志)

 

こんにちは。台風接近の中、無事にICLS研修が終了しました。



ベテランナース大活躍。写真には紗をかけてというリクエストにお応えしました(笑)


そして、いつも研修を支えてくれるブースタスクさん。

外部からも毎回ご協力して下さるインストラクターさん達です。

明日からも活躍しま〜す。

by-三女

みなさーん、いかがお過ごしですか。
今年も阪南に沢山の新人さんが就職してくれました。

 

恒例の懇親会です。
今年の新人さんからの出し物は、自己紹介のエピソードクイズでした。
誰が何を話したかを当てるクイズなんですね〜

nice idea つまり、自分の記憶力を確かめるって内容だったんですね〜

 

 

 

先輩達は、何の景品もないのに、必死に記憶をたどって答えるんですよ(笑笑)

終盤は、何と、

中田院長からアカペラのプレゼントでした。

 

iPhoneImage.png
阪南ならではの心温まる懇親会でした。
by-三女Mき


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